第伍話「見知らぬ少女との邂逅」
窓から入る旭日に目を覚ます。今日は潤と共に三偉人記念館巡りである。
朝食を取り終え、ある重大な事実に気付く。潤の連絡先を聞くのをすっかり忘れていたのだ。
「名雪〜、悪いけど潤の連絡先知っているか〜」
昨日潤と共に街を散策していたのだから、恐らくそれくらいは知っているだろうと思い、訊ねた次第である。
「うん、知っているよ」
「おっ、サンキュー恩に着るぜ!」
「どころでどうして潤君の連絡先を訊いたの?」
「ああ、実は潤に三偉人記念館を案内してもらおうと思っていてな」
「へぇ〜、祐一ってそういうのに興味があるんだ…」
「ああ、帝都在住の頃はよく上野公園の博物館巡りをやっていたしな」
「そうなんだ…」
その後名雪に潤の連絡先を聞き、電話を掛ける。
「もしもし、潤君は御在宅でしょうか?」
電話越しにそう訊ねる。そうすると男の声で、
「申し訳ありませんが、現在潤は出掛けています。それよりもそこの電話の主!この写真の男に見覚えはないか!!」
と訊ね返された。
「…電話越しに写真は見えないぞ潤…」
「はっはっは…。それよりも何の用だ、祐一?」
「いや、待ち合わせ場所を決めてなかったなあって、思ってな…」
「そう言えば、そうだったな。じゃあ橋の手前の商店でどうだ?」
「分かったぜ。じゃあな」
潤と約束の場所を確認し、受話器を降ろす。
「と言いう訳で、名雪、ちょっと出掛けてくる」
「うん…。羨ましいな潤君…、祐一と一緒に街を歩けて…」
「何か言ったか、名雪?」
「ううん…」
何かを語り掛けたかった様子の名雪をに別れを告げ、私は家を出る。
昨日はあまり雪が降らなかったようだが、根雪が凍りアイスバーンと化している。地元の人間には大した事ない道であろうが、都会育ちの私にとっては峻烈を極める。
幾度と無く転びそうになるものの、何とか待ち合わせ場所に着く。ただじっとしているのも堪え難いので、自販機でホットコーヒーを購入し、ひたすら潤を待つ。
あれから何分経ったであろうか。北側の土手からエンジン音が聞こえ、私は驚愕する。
「よお、待たせたな祐一」
何と潤はこのアイスバーンの中をバイクで走って来たのである!
「お前、よくこんな道をバイクで走って来られるな…」
「應援團だからな」
(理由になっていない気がするが…)
そう私は心の中で思った。
「じゃ行くか」
「つまり俺にバイクに乗れというのだな」
「そういう事だ。それともあっちまで40〜50分掛けて歩くか?」
「乗せてくれ」
「諒解。じゃあこのメットを被ってくれ」
そう言われ、潤に渡されたのはシャイニングガンダムモデルのヘルメットだった。こんな物被りたくないと思いはしたが、背に腹は変えられないので渋々被る事にした。
「じゃあ行くぞ。ゴッドフィィィィィルド・ダァァァァァァァシュ!!」
そう鬨の声をあげ、潤が走り出す。こうして前途多難の三偉人記念館巡りが、今正に始まった…。
最初に向ったのは高野長英記念館である。公園前の交差点に指しかかった時、潤が、
「そういえば、あそこはバイク立ち入り禁止だったな」
と言ってきた。どうやら長英記念館はこの間迷い込んだ公園の中に所在しているらしく、その公園は車輛通行禁止なのだそうだ。
「困ったな…。そうだ、あのお方に頼んでみるか…」
そう言い潤が向ったのは、佐祐理さんの家だった。
「おい潤、お前ひょっとして佐祐理さんと知り合いなのか?」
「ああ、佐祐理さんは同じ学校の一つ上だし、何より一郎党首は俺達應援團の最大の支援者だからな」
「へえ〜」
「それよりも、何でお前が佐祐理さんのこと知っているんだ?」
「実はこの間、倉田邸見たさにここを訪れたんだ」
「光栄だね〜。お前も一郎氏の支持者か」
「まあな」
「どなたでしょうか?あっ、潤さん」
倉田邸のチャイムを潤が押す。そうすると案の定中から佐祐理さんが姿を見せた。
「佐祐理先輩、申し訳ないのですがここにバイクを置かせてもらえないでしょうか?これから連れと長英記念館に行くので」
「あはは〜、構わないですよ〜。あっ、そちらの方は昨日お会いした方ですね〜」
「あっ、この間の節はどうも」
「いえいえ〜。そういえばまだお名前を聞いていなかったですね」
「そういえば、まだ言ってませんでしたね。此の度この街に越して来た相沢祐一という者です」
「相沢さんですね。改めて宜しくお願いします」
「あっ、こちらこそ…」
私の一つ上だというのに敬語で私に応対する佐祐理さん。年も身分も私より上なのだから敬語など使ってもらわなくて言いのだが、それも佐祐理さんの気遣いの一つなのだろう。
「そうだ、良かったら先輩も一緒に行きませんか?」
私が自己紹介を終わったのを見計い、潤が佐祐理さんを誘い出す。
「ご同行したいのは山々なのですが、生憎友達が遊びに来ていますので」
「そうですか、なら仕方がないですね」
軽い会釈を交わし、倉田邸を後にする。
「どうだった、長英記念館は?」
長英記念館を見終わり、潤が感想を訊ねてくる。
「建物自体はまあまあかな。ただ、長英っていう人は時代を先取りその結果幕府から追われる羽目になった。顔を焼き、名前を変え全国を時代の為に掛け回った。まるで日本のクワトロ=バジーナみたいだな、って感想は持った」
そんな事を話しながら、佐祐理さんの家にバイクを取りに行く。以後は斎藤實記念館、後藤新平記念館と回る予定である。
「祐一、お前そういえば斎藤實の海軍大将服をまじまじと見ていたけど、ひょっとして旧日本軍好きか?」
斎藤實記念館を見終わった時、潤がそんな事を訊いてきた。
「まあな、それにしてもあんな軍服、一度でいいから着てみたいぜ」
「じゃあいい所教えてやるぜ」
そう言い潤に案内されたのは近くの模型店だった。
「おお!これは零式艦上戦闘機五二丙型、それに幻の局地戦闘機震電まである!」
「どうだ、なかなかの品揃えだろ。それにここの店長は戦前の生まれの人だ。当時の話を存分に聞けるぞ」
店で売っている物自体は前のおもちゃ屋同様、帝都でもそう珍しくない。しかし、当時の事を知っている人が店長をやっているというのは特筆に値する。いつか当時の話を存分に聞き出そう。
その後、後藤新平記念館に行き、帰路に就く。
「斎藤實は海軍大将に朝鮮総督、内閣総理大臣に内大臣などを歴任。後藤新平は台湾総督、満鉄総裁、東京市長などを歴任か…。全く、本当に偉人といえる人達だな」
帰路につきつつ、潤とそういう会話をする。
「ああ、だが祐一、この人達に共通しているのは何だと思う?」
唐突に潤がそんな事を質問してきた。
「さあ?みんな戦前の人っていう事か」
「ご名答。あと、高野長英は明治を切り開こうとした人、他の二人は明治の教育で育った人達だという事を補足しておく。この街は戦後民主主義教育の結果が如実に反映されている」
「つまり、『戦後民主主義教育は偉人を輩出しない教育である』と言いたいのか?」
「まあな」
「でも、あの一郎さん何か、この県の六人目の総理大臣になるかもしれないと噂されている程の大人物だぞ?」
補足しておくが一人目は原敬、あの有名な平民宰相である。二人目が例の斎藤實、三人目が米内光政、この人も斎藤實同様海軍大将を歴任している。四人目が大東亜戦争(注・俗に言う太平洋戦争の事。この名前があの戦争の正式名称である)の開戦を踏み切ったあの東条英機。そして五人目が、唯一の戦後の総理である、鈴木善幸だ。
「いや、あの人の教育の根底にも明治の志がある。結局は祐一の言った通りの事が、戦後民主主義教育の実態だ」
「あっ潤、この辺りに本屋はないか?アニメージュを買いたいんだが」
「そう言えば今日が発売日だったな。俺も買おうと思っていた所だ。いいぜ、案内するぜ」
その後、潤に本屋に案内され、後は真っ直ぐ帰る事にした。
「じゃあな、祐一。明日はどうするんだ?」
「明日は家でゆっくりしている予定だ。じゃあな、潤」
「誰かが私を尾行しているな…」
潤と別れ帰路に就いた辺りからであろうか。後ろから只ならぬ気配を感じるようになった。
「付けているのは分かっている。いい加減、姿を現したらどうだ!」
国道から家に帰る小道に入った辺りでそう叫ぶ。すると後ろに毛布を纏った少女の姿があった。
「女か…。何処の者だ!私を付けていた理由を言え!!さもなくば…」
強硬手段に出る!といい終えようとした時、少女の方から、
「やっと見つけた…。あなただけは許さないから」
と言い、宣戦を布告してきた。
「覚悟ぉぉぉ!!」
少女の鉄拳が唸る!
「被弾!?いや、かすめただけか!(C・V飛田展男)」
と私は軽々と攻撃を回避した。
「このっ!」
「見える!!(C・V古谷徹)」
「うりゃぁぁぁ〜!!」
「そうそう当たるものではない!!(C・V池田秀一)」
「このぉ〜!!」
「その程度の攻撃、見切れぬ私と思ってか!!(C・V大塚明夫)」
「許さないわよおぉぉぉうっ!!」
「ひょいっと(C・V矢尾一樹)」
「はあはあ…、このっ…」
「分身殺法、ゴォォッド・シャドォォォォォ!!(C・V関智一)」
「はあはあはあ…ゆるさな…」
「悪いけど、避けるのは得意なんでね!(C・V関俊彦)」
少女の攻撃を私は回避し続けた。
「はあはあはあはあ…」
「どうした?その程度か!」
「あうーっ、お腹が減って調子がでないのよぅ…。本調子ならあなたを倒すくらいどうってことないのようっ…」
「フ、冗談を…(C・V銀河万丈)」
私自身13時を過ぎたというのに未だ昼食を取っていないのだから、条件は同じである。故に例えそれが真実であったとしても虚言にしか聞こえない。
「冗談じゃないわようっ…。本気を出せば普通の人間以上の力が出せるって、私にこの力を教えてくれたあの人が言っていたのよう…」
口からでまかせを言っているのは間違いないだろう。台詞が典型的なヒーローマニアである。
「大体お前、こうやって頭を抑えられると反撃不能になるんじゃないか」
そう言い、私は少女の頭を鷲掴みにする。少女は果敢に手を動かすものの、案の定攻撃は届かなかった。
「あうーっ…」
「貴様の攻撃など、所詮蟷螂の斧!!(C・V大塚明夫)」
そうこうしているうちに少女の攻撃が止んだので、私は手を離した。
「何だ?もう終わりか!不甲斐無い」
「よくも…7年まえ、…ま…とを…おい…て…ずっと…あ…たの…こ…」
「7年前、おいっ、お前ひょっとして!?」
自分の記憶の欠如に関係しているのではないかと思い、少女にその事を問おうとした。だが、少女はそのままうずくまってしまった。
「仕方無い。とりあえず家に運ぶか…」
そう思い、少女を背中に背負い、帰路に就く。
「…あったかい…お父さん…」
途中少女がそんな寝言を言ったような気がした…。
「只今〜」
「お帰り祐一〜。あれっ、おでん種背負っているの、ひょっとしてお土産?」
「デカルチャー…。これがお前にはおでん種に見えるのか…」
「じゃあ、祐一好みの等身大フィギュア?祐一、こんな女の子が好みなんだ…」
「ヤック・デカルチャー!!俺がそんなのを買うように見えるのか!!」
「う〜…、だって祐一の整理されていない荷物に、等身大の立て看板みたいなのがあったよ…」
「あれはあくまで立て看板だ…。フィギュアとは次元が違う」
「似たような物だと思うけど…」
「言っておくが普通の人間だ。名雪、悪いけど蒲団の用意をしてくれないか」
「うん、ところでどうしたのその娘?」
「ああ、この娘空腹で道で倒れてたんだ。それでそのまま放って置けないと思って運んできた次第だ」
「優しいね、祐一」
本当は色々ないざこざがあったのだが、今は急を急ぐ時なので黙っておく事にした。言わぬが花、沈黙は金である。
「恥ずかしいこと言うなよ…」
「とにかく布団を敷けばいいんだね。2階の空き部屋になっている客間でいいかな?」
「ああ。あと、敷き終わった後でいいから、何か俺の昼食を作ってくれ」
「分かったよ」
そう頷き、名雪は2階に昇って行った。
「祐一〜、蒲団敷いてきたよ〜」
「ありがとう、名雪」
「どう致しまして。それより祐一、昼食何にする?」
「そうだな…、外から帰って来たばかりだし、名雪特製の鍋焼きうどんを作ってくれ」
「分かったよ。腕に奮いをかけて作るから楽しみにしててね」
そう言い、名雪は台所に向った。時を同じくして私はこの少女を2階に運んだ。
少女を2階に運んだ後、台所に向う。鍋焼きうどんを煮込むまで20〜30分位掛かるから、それまで居間で待っててくれと名雪に言われた。素直にその指示に従い居間に行き、買ってきたばかりのアニメージュを読む事にした。
(今回はC・Cさくらが表紙か。お、今月はベスト100位まで掲載か。相変わらずルリは強いな…)
(今月の目玉は新作映画と、春の新番組の特集か。おおっ、ToHeartの特集で、掃除に失敗して泣顔のマルチを来栖川先輩が撫でている…。マルチの年齢が生まれたばっかりというのがなんとも言え〜ん!!くそ〜こっちじゃ視聴できないなんて辛過ぎる〜。田舎のバカヤロ〜!!)
(おっ、1月14日にはついにスーパーヒーロー作戦が発売、25日にはOVAゲッターの最新巻か。楽しみだぜ)
「祐一〜、鍋焼きうどんできたよ〜」
アニメージュに読みふけっていると、台所から名雪の声が聞こえた。まだ途中までしか読んでいないアニメージュをたたみ、台所に向う。
「お、美味しそうな鍋焼きうどんだな〜」
「祐一の為に腕に奮いをかけたからね。さあ、召し上がれ」
「いただきま〜す」
そう言い、私は名雪特製の鍋焼きうどんを口にする。うどんは熱さは十分で味が麺の隅々まで染み込んでいる。特製の名は伊達では無い。
「ふ〜、食った、食った。まるで一流の店のを食べてるみたいだった」
「もう、誉め過ぎだよ祐一〜」
「いや、本当に美味しかったぜ。こりゃあ、名雪の旦那になる人は幸せもんだな〜」
「あっ、祐一、この丼もう下げていいかな?」
「別に構わないけど…」
そう言い終えると名雪はそそくさと丼を片付けた。心なしか名雪の顔は、普段より頬が赤かったような気がした。
「さて、昼食も取り終わった事だし、あの娘の様子でも見に行くか」
そう言い、私は2階へと昇って行った。
…第伍話完
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